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1988年の「ひざげり」-1

引っ越ししたのは何月だったか?
茨城に居たのがほぼ二年だったことは覚えているのだが。
寒くはなかったような。3月くらいかな?
実はこの時、背広が無かった。入社してから2年で体重が85kgくらいから100kgオーバーになり、入社式の時のスーツは着られない。

当時は今と違って大きいサイズのスーツを買えるところを探すのも大変だった。
とりあえずワイシャツにネクタイ締めて、下はスラックス、上は厚手のジャンバーを着ていた。Yシャツは店で売っていた一番大きなサイズだったが俺には小さく、ネクタイの左右は紐状態。ちゃんと締まることは無かった。
母親が近所のおばさんからダイエーなら大きなサイズが売っていると情報を仕入れ何とか入るスーツを買ったのは東京に転勤してから何か月経ってからだったかな。

出社した初日にその部署に先に配属になっていた同期のOSNさんが飲みに誘ってくれた。
俺が引き継ぎをする妊娠中のKBYさんも、一緒に仕事をすることになるSN(女性)さんも同期だった。
ん?と言うことはKBYさんは実質2年ちょいで辞めたのか。
同期は80人くらいいたから東京にはたくさん配属されていたのだ。

東京の部署はそれまで居た部署と真逆でやたらうるさいことを言われた。
「家じゃないんだから電話はもしもしじゃなくて、はい、と出るんだ。」
とか常識的な事を言うだけなんだけど、問題は特定の教育係が居て教えてくれるわけじゃなく複数の先輩(俺から見たらおっさん)がみんなして同じことに対して競うように注意してくる。これはかなりのストレスだった。
定時で上がり自宅に帰ると晩飯の時間まで起きていられず寝る。
毎朝、駅や電車で鼻血が出る。
100kgオーバーの体重が数ヶ月で80kg台まで戻った。
まだ若くて実家だったから耐えられたんだろうな。
今思い出すと何もかもが軽いパワハラだったと思う。


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tag : コラム 年代記

1987年の「ひざげり」-3

時間は前後していると思うが茨城時代の思い出を書こう。

翌年、新入社員が入って来たが殆どが自分より年上だった。
でも一応、大体はさん付けで呼んでくれた。
その新入社員から何かのイベントの残りの当時、発売されたばかりのアサヒスーパードライを貰った。飲んだら何か生臭く感じた。その後、あんなに売れて、後追い商品が沢山出て、美味しんぼでディスられるとは思わなかった。

ブラジルから研修に来ていた日系のUさんと言う人が居た。
同じ組立ラインでも研修していたので仲良くなった。
他にもボッキー先輩と言う数年先輩の人も同じラインに研修に来た。なんでボッキーかと言うと仕事中に突然「勃起しちゃったよ。」って報告してくるからだ。

ある日、みんなでディスコに行こうという話になった。俺は嫌がったが無理やり連れていかれた。着ていく服がないので入社式の時に来たスーツを着ていった。ウェストが閉まらなかったが。
Uさんにも奢るから行こうと先輩が声かけたが「いつもそれだと心が寂しいのヨ」と遠慮して来なかった。
ボッキー先輩はノリノリで踊って俺を無理やり躍らせようとしたが無理だった。
フリーフード、フリードリングだけむさぼった。
これが俺の最初で最後のディスコ体験である。
ボッキー先輩は海外に赴任する予定だったが赴任先のリーダーとの面談の前日、飲み過ぎて面談で失敗し保留になってしまい結局、辞めた。

同期と同期の彼女とその同僚、10数人で旅行に行った。
同期の彼女の職場の保養所だった。
往復、車に同乗したのだがどうしても眠くなり運転手のNGTさんに怒られた。

同期の女子は三人、茨城工場に配属されていた。
なぜかその三人は食堂で俺を見かけると笑う。凄く不愉快だった。同期に愚痴っても「気のせいだよ。」とか「笑顔になるんだから良いじゃん。」とか言われて余計に腹が立った。Hは「笑ってる。笑ってる。」と面白がっていた。
その内の一人の事を派遣社員のABちゃんの同僚が気に入って部屋飲みに誘ったという。
それに俺も呼ばれて彼等の宿泊先のアパートに行ったが当然、すっぽかされた。
何故俺を見て笑っていたのかはいまだに不明だ。三人中、二人はとっくに退職している。一人は残っているけど聞いたところで覚えていないだろう。
やられた方は忘れないけど、やった方は覚えていないのだ。
同期主催の俺の送別会にもこの三人は当然、来なかった。花束だけくれたが。その花束は寮を出るときに大きめの牛乳瓶に生けて玄関に置いて行った。
後で寮母さん的な人がその瓶にアルミホイルを巻いて少しおしゃれになっていた。

あ、そう言えばこの同期女子達は一度も飲み会に来なかったな。今思い出した。
最初の同期会の出欠を寮のホワイトボードに書いてあって、この女子たちの名前も書いてあったのだが誰かがそのうちの一人に酷い渾名を書き足した。性的な意味の言葉だ。
多分、それを知って彼女たちは同期のイベントには出ない事にしたんだろう。女子は一緒に行動するし。

同期の中には当然、酷い人も居た。
WTNさんと言う人が俺の電気ポットを貸してくれと言うので貸した。そしたら水位が見える窓に麺が一本入って帰ってきた。
怒ったらWTNさんはKMMさんがやったたという。
KMMさんに怒ったら「WTNだよ。あいつはすぐ嘘をつく。」と
WTNさんは癲癇の持病があり、薬を飲み忘れて何度か職場で倒れた。すぐ辞めた。
そう言えばKMMさんの部屋でトレーシーローズの裏ビデオを観たっけな。

この年に行われた極真会館主催のオープントーナメント第四回全世界空手道選手権大会を観に行った。
母親にチケットを買って貰った。田舎じゃどこで買っていいか分からないし。
初日、二日目がS席で、三日目は売り切れていたのでB席だった。
生まれて初めての格闘技観戦だった。試合数も多いし日本対外国と言う目で見られたので面白かった。
三日目、自由席で隣り合った同年代の男性に「どちらの支部ですか?」と聞かれた。俺は観るだけな一般人だったのでその通り伝えた。
彼は九州の方から来ていて親戚の家に泊めてもらい、今日、大会が終わったらこのまま帰るそうだ。
彼の支部の人が彼を見つけて「みんなあっちに居るから来いよ。」と誘った。彼は俺に気遣ってくれたんだろう「ここで観ます。」と断った。
松井選手が優勝して日本選手団が王座を守った。彼とは握手して別れた。
俺は茨城の寮に帰る途中、駅の販売機で缶ビールを買って一人乾杯をした。

異動の最後の挨拶を隣の部署の山猿にしたら「なんだ冷たいじゃないか」と笑顔で言っていた。
異動先の部署はこっちの部署の系統だったからだろう。
この世代はこういう仲間か仲間じゃないかで分ける傾向が強かったな。


tag : コラム 年代記

1987年の「ひざげり」-2

アフターサービス部門に異動になることが決まったもので会社に自動車の免許を取りに行けと言われた。
2回目の自動車学校入学だ。
お金が無いから厳しいと言ったけど流石に補助はしてくれなかった。仕事中に教習に行くのは大目に見てくれたけど。
2回目なので余裕はあった。

アフターサービス部門は雑だった。凄く雑だった。
仕事は教えてくれない。職人の世界。
安全よりも早く仕事を終わらせることを優先。
機械を分解する際にまだ通電していて感電してしびれるので電源を切ってくれるように言っても、面倒くさそうな顔をして軍手を投げて寄越す。
アンモニアがまだ残った状態で作業をさせる。アンモニアは臭いって言うけど実際は臭いってレベルじゃなくて鼻の奥を叩かれたような痛さだ。

こんな感じなのでどう仕事してよいか分らず半分、遊んでいたようなもんだ。
おかしなことにアフターサービス部門がもう一つあって隣あわせの位置にあったのだが仲が悪かった。
特に向こうのリーダーがこっちを敵視していた。
このリーダー(以下、山猿)は自分より下の人間には平気で失礼な事を言うので嫌いだった。今でも嫌いなくらい恨みがある。
山猿に初対面の時に
「ひざげり君はどこの出身?」
と聞かれたので東京だと答えると
「なんだそうは見えないな。栃木の山奥から出てきたのかと思ったよ。」
と言われた。
初対面でこれだから後は推して知るべし。

結局、このアフターサービス部門には半年くらいしか居なかった。
急遽、本社で事務をやらないかと言う話になったのだ。
当時は女性社員は妊娠、出産したら育児休暇明けにそのまま辞めるのが通例になっていた。
なので女性の事務だと折角、仕事を任せられるとなったら辞めてしまうので次は男が良いと言いうことになり、そこでやっと事務職で採用した俺を事務職にしようとなったのだった。

環境が変わるのをというかフィリピンパブに行けなくなるのが嫌な俺は抵抗したが会社が決めたことを変えるわけがない。
いま思えばラッキーな異動だったのだが。実家に帰れるし、自分の得意分野の仕事になるし。
皮肉なことにアフターサービス部門に異動になったから通いだした教習所の卒業および運転免許試験に合格したら異動となった。
無事卒業出来て、運転免許試験場に受験しに行くことになったのだが場所は水戸。同じ県内とは言え遠い。始発電車に乗って行った。受かったから良かったようなものの、なんて不便なんだと思った。だって東京の運転免許試験場の方が近いんだよ。
でも、後で考えたら、どうせ実家に引っ越すんだから先に住民票を移動して東陽町で受ければ良かった。

引っ越しで心が折れそうになった。
ギリギリになったのでとても間に合いそうになく、このまま寮を1ヶ月借りて少しずつ整理して引っ越そうと思ったが、そうすると寮費の会社負担分が無くなるので4万円近い負担になると言われて愕然とした。
そんな中、仲良くしてた年上派遣社員のABちゃんが部屋に来て手際用パッケージしてくれて何とか間に合った。
TKNも手伝う体で部屋に来たけど、マンガを読んで邪魔していただけだった。

TKNで思い出したけど、高校の文化祭に卒業の翌年に行こうと思いTKNを誘った。
俺は一応、文芸同好会の会長をやっていたので後輩に良い顔しようと思った。
TKNは俺と約束した後にブラジルの悪魔に同日の早大の学園祭に誘われてそっちに行こうとした。
さすがに怒ったらこっちに来ることになったけど
「文化祭でお前と一緒に居て笑われないか?」
と素敵な言葉を残してくれた。

フィリピンパブにいつも送り迎えしてくれた組立の先輩、週末に実家近くまで送ってくれたYMDさん、引っ越しを手伝ってくれたABちゃん他、なんの恩返しもしないまま付き合いが無くなってしまった方々が思い出され、子供だったのでしてもらって当たり前と思っていた当時の自分を恥ずかしく思う。
なんの恩返しもしないまま音信不通になってしまい申し訳ない。
組立の先輩はほどなく転職し、YMDさんは海外に赴任して赴任先の国で転職、ABちゃんは派遣の期間が終わりどこかに行った。

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怒りと嘆き。

職場で最後に帰る人間は照明のオフなどをチェックしてリストにつけて帰るルールになっている。
先日、そのチェックリストを何気なく見てみたら怒りのコメントが書いてあった。

書いたのは真面目で大人しくちゃんと仕事をするTT君で、俺とは違いそんなコメントを書く様なイメージではない。

何が書いてあったかというと
「ボールペンのインクが切れたら新しいのと交換する事くらいしないのか!!」
と言う怒りのコメント。

ようは遅くまで残業してチェックリストをつけて帰ろうとしたら、そこに常備してあるボールペンがインク切れで書けなかったと言う事だ。

そりゃ怒るよ。疲れ果てて帰ろうとしたらそんな状態だし、前日に帰った奴は気付いてるのにそのまま放置した訳だから。
どうせ誰かがやるだろうと自分じゃやらない奴多いからね。

で、話はそこでは終わらない。
そのコメントに対してASDが
「事務用品担当の人が替えてくれるそうです。」
とコメントを付けていた。

そう言う事じゃ無いだろ!
誰が調達担当という話じゃなくて、気が付いたのにそのまま黙って放置した人間に怒っているんだよ。

で、TT君を見かけたのでこの話をしたら更に更に追加情報。
ASDはTT君のコメントを見てボールペンを使ってみて
「なんだインク有るじゃん」
と思ったそうだ。
それはTT君が自分のボールペンをそこに置いてあげたからだよ。
マジ、頭おかしい。

それを聞いたTT君は話にならないと呆れて
「ありがとうございます。」
とコメントを書いて終わらせてたそうだ。

俺ならそこでひと騒動起こしてたかな?
いや、ASDには既に呆れて目も合わさない様にしてるから同じように呆れたかも。
但し、ありがとうございます。なんて死んでも書かないけど。



tag : コラム 職場

1987年の「ひざげり」-1

高3の時の同級生何人かになんとなく年賀状を出してみた。
返ってきたのは一人だけだった。こいつは前に書いた都庁に採用されたと自慢の電話をしてきたTKSだ。
その自慢の電話の時に「ひざげりに年賀状出したかって聞いたら、みんなあいつになんか出すわけないだろって言ってたぞ。」とわざわざ教えてきた。どちらも最低だ。

就職1年目の冬のボーナスは手取りで15万円くらいだったか?
殆どフィリピンパブで使った。

この年の春にアフターサービス部門に異動になった。
まだ組み立てラインの仕事もまともに出来ていないのに不安しかないし、慣れた環境が変わるのが嫌なので抵抗したが無駄だった。
この異動は同期のTKNと一緒だった。
異動直前にアフターサービス部門のオジサン二人が酔って寮に来て呼び出された。そこで絡まれた。俺はまだ19歳だ。どうしたら良いのか分からず会社を辞めようかと思った。

そうそう、寮は誰でも入れる感じで印鑑のセールスマンに部屋に居座られたことが有った。
TKNは俺の部屋に居てマンガを読んでいたのだが途中で逃げた。まだ子供だったが何とか断った。今なら両方に切れていたと思う。

その後、泥棒が入った。中途で入ったYMDさんがテーブルの上に置いてあった1万円札が無くなったと言うので総務に言いに行った。その時、TKNは「俺の部屋は金を置いてあったけど無くなってない。」と自慢げに言っていた。
何日か経って仕事中に寮生が食堂に呼ばれた。TKNが焦ってどこかに行こうとするので食堂に行かないのかと声をかけたが、真っ青な顔をしてどこかに行ってしまった。
後で分かったがTKNは現金は取られなかったが通帳と印鑑を盗まれており、全部引き出されていたのだった。現金を取らなかったのは発覚を遅らせるためだったんだろう。
なお俺の部屋は金も金目の物も無かったので何も取られなかった。

YMDさんは週末に車で自宅の最寄り駅まで良く送ってくれた。電車だと2時間半かかるのに高速使うと空いていれば30分で着いた。

異動後も組立ラインの先輩と相変わらずフィリピンパブに通っていた。
その先輩が企画してフィリピンパブの女の子たちを店に内緒で誘って車で日光に日帰り旅行をした。
帰り車内のテレビで第四回世界大会のテレビ放送を観た記憶が有るから12月か翌年の事だったかも知れない。
ちなみに手も握ってない。

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プロフィール

hizageri

  • Author:hizageri
  • 東京都城東地区出身・在住。
    昭和43年生まれ、フリーマン。
    ディズニーランドより秋葉原のほうが好き。
    居酒屋通いは平均、週に4.5日。
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